東京高等裁判所 平成4年(行ケ)210号 判決 1995年1月25日
アメリカ合衆国
コネチカット州、06817、ダンバリー、オールド・リッジバリー・ロード 39番
原告
ユニオン、カーバイド、コーポレーション
代表者
チモスイ、エヌ、ビショップ
訴訟代理人弁理士
高木六郎
同
高木文生
東京都千代田区霞が関三丁目4番3号
被告
特許庁長官高島章
指定代理人
茂原正春
同
一色由美子
同
田中靖紘
同
市川信郷
同
涌井幸一
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、平成1年審判第13788号事件について、平成4年6月4日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文1、2項と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、1985年1月11日にアメリカ合衆国においてした出願に基づく優先権を主張して、昭和61年1月11日、名称を「改良ヒドロホルミル化法」とする発明(以下「本願発明」という。)にっき特許出願をした(昭和61年特許願第4098号)が、平成元年5月2日に拒絶査定を受けたので、同年9月25日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成1年審判第13788号事件として審理したうえ、平成4年6月4日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年7月8日、原告に送達された。
2 本願発明の要旨
「オレフイン、一酸化炭素及び水素を、可溶性化ロジウムーリン錯体触媒、遊離リン配位子及び高沸点アルデヒド縮合副生物の存在下に反応させてアルデヒド生成物を生成させ、しかも未反応オレフイン及び任意の前記アルデヒド生成物、水素、一酸化炭素及びアルカン副生物より成る気体流出物を工程から排出する、アルデヒド生成のための一次液体再循環又はガス再循環ロジウム触媒ヒドロホルミル化法において:デカツプル二次液体再循環又はガス再循環ロジウム触媒ヒドロホルミル化法を前記一次プロセスと結合して行い、この場合前記気体流出物を補充用の一酸化炭素及び水素と共に二次プロセスヘの反応体供給物として使用することを特徴とする前記ヒドロホルミル化法の改良方法。」(特許請求の範囲第1項記載のとおり。)
3 審決の理由
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、特公昭58-28857号公報(以下「引用例1」といい、その発明を「引用例発明1」という。)及び特開昭59-110642号公報(以下「引用例2」といい、その発明を「引用例発明2」という。)に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法29条2項の規定に該当し、特許を受けることができないとした。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、本願発明の要旨、引用例1、2の記載事項、本願発明と引用例発明1との一致点・相違点の各認定は認める。相違点についての判断は争う。
審決は、相違点についての判断を誤り(取消事由1)、本願発明の予測できない効果を看過し(取消事由2)、その結果誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 取消事由1(相違点についての判断の誤り)
審決は、本願発明と引用例発明1との相違点につき、
「引用例2には、本願発明のこの種ヒドロホルミル化方法において、第一次の反応終了後の未反応オレフインを有効利用すべく、未反応オレフイン、水素、一酸化炭素、アルカン副生物等を含有する気体流出物(廃ガス)を引きつづいて第二次の高圧法による反応に供し高変換率及び高選択率で対応するアルデヒドを得ることが記載されており、かつ第二次の反応を低圧法で行うことに格別の障害を予測させるに足る資料も見出せない(かえって、引用例2の第2頁右上欄第18行-右下欄第7行の記載よりみればロジウム触媒を用いる低圧法の採用が示唆されているとさえいえる)以上、本願発明の如く上記気体流出物を第二次(反応)プロセスに送給してロジウム触媒によるヒドロホルミル化反応を行わせること、及びその際適宜一酸化炭素及び水素を補充する程度のことは当業者が必要に応じて容易になしえたものと認める。」(審決書6頁1~18行)と認定判断したが、誤りである。
(1) 本願発明は、その要旨にあるとおり、アルデヒド生成のための再循環ヒドロホルミル化法(再循環オキソ法)の改良方法に関するものであって、従来技術であるロジウム触媒使用の低圧プロセスのみのものを基礎に、これを一次プロセスとし、これに更に、一次プロセスで未反応であったオレフィンを反応させるための二次プロセスとして、ロジウム触媒使用の低圧プロセスを付加し、この二つを組み合わせたところにその特徴がある。
したがって、本願発明の進歩性を判断するに当たっては、上記二つを組み合わせることの困難性の度合いが、まず問題とされなければならない。
(2) 審決認定のとおり、引用例2に、ヒドロホルミル化法において、一次の反応終了後の未反応オレフインを有効利用すべく、未反応オレフイン、水素、一酸化炭素、アルカン副生物等を含有する気体流出物(廃ガス)を引き続いて二次の高圧法による反応に供し高変換率及び高選択率で対応するアルデヒドを得ることが記載されていることは認めるが、この記載は、本願発明の上記組合せを何ら示唆するものではない。
引用例発明2は、いわゆる「バッチ法」(回分法)に係る発明であり、再循環オキソ法とは無関係である。
したがって、引用例発明2が一次プロセスに二次プロセスを付加するものであったとしても、そのことは、一次プロセス、二次プロセスともに再循環オキソ法による本願発明の構成を何ら示唆するものではない。
また、引用例発明2の二次プロセスは、審決も認定するとおり高圧によるものであり、また、審決は認定していないが、そこで用いられる触媒は、コバルトであり、本願発明で一次、二次の両プロセスを通じて用いられているロジウムではない。コバルトは、低圧では不安定であるため、これを触媒として用いる限り、低圧法によることはありえないのである。
触媒をコバルト、圧力を高圧とするヒドロホルミル化法(以下「コバルト高圧法」という。)と触媒をロジウム、圧力を低圧とするそれ(以下「ロジウム低圧法」という。)とは、全く別異の技術であるから、引用例2に、1次プロセスとしてロジウム低圧法、二次プロセスとしてコバルト高圧法を用いるものが記載されているからといって、そのことは、一次プロセス、二次プロセスともにロジウム低圧法を用いた本願発明の構成を何ら示唆するものではない。
(3) 一次プロセスとしてロジウム低圧法、二次プロセスとしてコバルト高圧法を用いる技術を示す引用例2の記載が、1次プロセス、二次プロセスを通じてロジウム低圧法を用いる本願発明を示唆するものではないことは、コバルト高圧法とロジウム低圧法とでは、その目的とするところが全く異なることによっても裏付けられる。
すなわち、ロジウム低圧法とコバルト高圧法とでは、反応生成物の組成中に占めるアルデヒドの割合においても、そのアルデヒド中のノルマルアルデヒド(nアルデヒド)対イソアルデヒド(iアルデヒド)の割合においても、大きな隔たりがあり、両者は、その目的とする生成物において全く異なる。
上記隔たりを引用例2の記載で見ると次のとおりである。
例1は、コバルト高圧法による反応であり、その反応生成物の構成は次のとおりである(甲第4号証3頁右上欄9行~左下欄3行)。
アルデヒド 84.2%
アルコール 2.9%
メチルエステル 3.1%
濃化油 7.8%
n/iの割合 75:25
例2は、ロジウム低圧法による反応であり、その反応生成物の構成は次のとおりである(同3頁左下欄8行~右下欄2行)。
アルデヒド 98.9%
アルコール 0.5%
メチルエステル 0.1%
濃化油 0.6%
n/iの割合 90:10
(4) 審決が、ロジウム低圧法の採用が示唆されているとさえいえるとする引用例2の記載の要点は、
「ドイツ公開特許第3102281号明細書に記載の作業法によれば、既に存在する高圧工程からのプロピレン含有廃ガスを低圧装置に導入し、常用の高圧オキソ装置を段階的に低圧法によつて補なうか又はこれに代える。
この方法の欠点は、全オレフイン、即ち低圧工程で反応させるべきであるのに過ぎない成分も最初に圧縮しなければならないことである。更に、高圧装置からの残留プロピレンを利用するための低圧装置は著しく費用がかかる。」(甲第4号証2頁右上欄19行~左下欄8行)
というものであって、ロジウム低圧法による二次プロセスへの言及は、引用例発明2のヒドロホルミル化法の構成に関連して、同発明の採用したロジウム低圧法による一次プロセスとコバルト高圧法による二次プロセスとの組合せにおける両者の関係について説明する前提として述べているにすぎないものであるから、これが、両プロセスともにロジウム低圧法による本願発明の改良方法を示唆することはありえない。
上記記載をもって、ロジウム低圧法の採用が示唆されているとさえいえるとする審決の認定は、一次プロセスと二次プロセスの特定の組合せを全く考慮することなく、単にロジウム低圧法を二次プロセスに使用するとの記載があることのみを抽出して、二次プロセスにロジウム低圧法を用いる本願発明の構成が示唆されているとするものであり、論理に飛躍があるものといわなければならない。
(5) 審決が本願発明の採用した組合せを示唆するものとして挙げているのは、引用例2の上記各記載だけであり、これらの記載が真実上記組合せを示唆するものではないことは上述のとおりである。
そうとすれば、引用例2のこれらの記載が本願発明の組合せを示唆することを前提に、「第二次の反応を低圧法で行うことに格別の障害を予測させるに足る資料も見出せない・・・以上、本願発明の如く上記気体流出物を第二次(反応)プロセスに送給してロジウム触媒によるヒドロホルミル化反応を行わせること・・・は当業者が必要に応じて容易になしえたものと認める。」とする審決の判断が、その前提において既に誤っていることは、明らかなことといわなければならない。
2 取消事由2(予測できない効果の看過)
審決は、「本願発明によって格別予期しえない顕著な効果が奏されたものとも認められない。」(審決書6頁19~20行)と認定したが、誤りである。
(1) 本願明細書に、「本発明のデカツプル系列方式を使用すれば慣用のヒドロホルミル化方式と比較して全体的なアルデヒドの転化率及び効率が2~10%又はそれ以上増加して改良される。」(甲第2号証3頁右上欄3~6行)と記載され、実施例1により5%(同11頁左下欄下から3行~右下欄5行)、同2により10%(同13頁左上欄下から2行~右上欄1行)の増加改良が実証されていることによって裏付けられているとおり、本願発明の方式を採用すれば、慣用のヒドロホルミル化方式と比較して全体的なアルデヒドの転化率及び効率が2~10%又はそれ以上増加して改良される。
(2) 特許性の有無を判断するに当たっての収率の評価が、工業的観点から行われるべきものであることはいうまでもない。
上記2~10%という収率向上を工業的規模を基準として見た場合、これが高い評価に値するものであることは、本願明細書に、
「本発明方法のプロピレンを基準にしたモル効率は、この実施例(注、実施例1)においては、従来の系統に比較して殆ど5%も上昇したことが理解される。この予想外の優れた効率上昇(増加)は、大きな経済的利点をもたらすものであると考えられる。何故ならば、ロジウム触媒によるヒドロホルミル化法を使用して、アルデヒド生成物を、年間、数億ポンドも生産されるからである。」(甲第2号証11頁左下欄下から3行~右下欄5行)
と記載してあるとおりである。
また、ロジウム低圧法による場合、コバルト高圧法による場合に比してiアルデヒドに対するnアルデヒドの割合の高いノルマルリッチの生成物が得られることは上述のとおりであるから、一次、二次ともにロジウム低圧法による本願発明の生成物がノルマルリッチであることは明らかであり、nアルデヒドに対する工業的需要がiアルデヒドに対するものに比べて格段に大きいことからすれば、この点もまた、本願発明の格別の効果として、その進歩性の根拠となるものというべきである。
(3) ところが、審決は、これらの点につき、上掲のとおり、無視に等しい低い評価しか与えていないのであり、これが現実に反した誤りであることは、明らかといわなければならない。
第4 被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1について
(1) 引用例発明2の二次高圧プロセスで用いられている触媒がコバルトであること、審決がこの点を認定していないことは認める。
しかし、審決は、引用例発明2の技術内容を審決認定の限りにおいて認定し、これに基づき論を進めているだけであって、同発明の要旨を認定しているわけではなく、引用例2に、引用例発明2の技術内容として、概念的にみれば、審決認定のとおり、「本願発明のこの種ヒドロホルミル化方法において、第一次の反応終了後の未反応オレフインを有効利用すべく、未反応オレフイン、水素、一酸化炭素、アルカン副生物等を含有する気体流出物(廃ガス)を引きつづいて第二次の高圧法による反応に供し高変換率及び高選択率で対応するアルデヒドを得ること」(審決書6頁2~8行)が示されていることは、原告も認めるとおりであるから、審決の上記認定には何らの問題もない。
引用例発明2が上記のとおりのものである以上、これが、ロジウム低圧法による一次プロセスで未反応であったオレフィンを有効に利用するため、二次プロセスを設けて、一次プロセスの廃ガスを二次プロセスにおける反応に供すること、すなわち、従来技術の低圧反応の未反応オレフィンを有効利用するために、デカップル二次ヒドロホルミル化法を一次プロセスと結合して行う点で、本願発明と技術思想を同じくし、その限りで、本願発明の構成を示唆することは、明らかなことといわなければならない。
(2) 引用例発明2は、一次プロセスに二次プロセスを付加するものではあっても、いわゆる「バッチ法」(回分法)に係る発明であり、再循環オキソ法とは無関係であるから、一次プロセス、二次プロセスともに再循環オキソ法による本願発明の構成を何ら示唆するものではないとする原告主張は、失当である。
引用例発明2がいわゆるバッチ法に係る発明であるか否か自体、引用例2の記載のうえで明らかでなく、また、仮に、バッチ法に係る発明であるとしても、同発明が、従来技術の低圧反応の未反応オレフィンを有効利用するために、デカップル二次ヒドロホルミル化法を一次プロセスと結合して行う点で、本願発明と技術思想を同じくし、その限りで本願発明の構成を示唆することに何ら変わりはないからである。
(3) ロジウム低圧法とコバルト高圧法とは全く別異の技術であるとする原告主張も、失当である。
両者は、ともにアルデヒド生成物を生成することを目的とする点で共通であり、むしろ互いに極めて密接な関係にあるものといわなければならない。
引用例2に例1及び例2として原告主張の数値が記載されていることは認めるが、たとい、両者の間に、反応生成物の組成中に占めるアルデヒドの割合やアルデヒド中に占めるnアルデヒドの対iアルデヒドの割合において、上記数値で示されるとおりの相違があるとしても、この相違をもって両者の生成目的物が全く異なるとすることはできない。
コバルト高圧法においても、若干のアルコールやエステル等の副生が見られるとはいえ、生成物の大部分である84.2%はアルデヒドであり、しかも、n/iの割合は3/1であって、ノルマルリッチであることにおいて、ロジウム低圧法におけると変わるところはなく、両者の目的物質はほぼ同様であるといって、何ら差し支えないからである。
本願発明の目的物質がロジウム低圧法によってしか得られない範囲のものに限られないことは、特許請求の範囲において生成物として述べられているのが「アルデヒド生成物」だけであり、発明の詳細な説明の欄においても特にこれを限定する記載はなされていないことに照らし、明らかであるから、上記両者における生成物の相違を強調する原告主張は、この点からも失当といわなければならない。
(4) 原告は、本願発明が、ロジウム低圧法の一次プロセスに、同じくロジウム低圧法の二次プロセスを組み合わせることを特徴とする旨を強調するが、上記のとおり、一次プロセスに二次プロセスを付加してオレフィンの利用度の上昇を図る技術が引用例発明2として示されている以上、引用例発明1のロジウム低圧法を一次プロセスとし、これに二次プロセスを付加すること自体を推考することが容易であることは明らかであり、その際、二次プロセスとして、ロジウム低圧法を選ぶか、コバルト高圧法を選ぶかについては、前者を選ぶことにつき格別の障害が認められない限り、これを選んで本願発明と同じ構成とすることは、容易であったといわなければならない。
そして、このような障害が認められないことは審決認定のとおりであるから、本願発明は引用例発明1、2から容易に発明できたものとした審決に誤りはない。
(5) 審決がロジウム低圧法の採用が示唆されているとさえいえるとして挙げた引用例2の記載の要点が、原告主張のとおりであることは認める。
引用例2の上記記載によれば、そこに、一次プロセスが高圧法によるものではあるが、一次プロセスからの未反応プロピレン含有廃ガスを、デカップル二次プロセスにおいて低圧法でヒドロホルミル化することが、欠点の指摘とともにではあるとはいえ、示されているということができ、また、ロジウム触媒は低圧法における常用の触媒であるから、そこに「ロジウム触媒を用いる低圧法の採用が示唆されているとさえいえる」とした審決の判断に誤りはない。
2 同2について
(1) 原告が「収率」と呼んで本願発明の効果を示すために用いている数値が、総回収アルデヒドの使用オレフィン原料に対するモル百分率であって、いわば、原料オレフィンの利用効率であることは、本願明細書の記載(甲第2号証10~14頁)から明らかである。
一次プロセスで未反応であったオレフィンを取り出して、これを二次プロセスに取り入れ、ここで回収されたアルデヒドを一次プロセスで回収されたものに加算すれば、一次プロセスだけの場合に比べてその数値が上昇するのは、当然のこととして予測される事項であり、また、その際、引用例2記載の例2に記載された変換率等に照らすと、2~10%という数値を格別高いものとすることはできない。
なお、本願発明の例1~3は、コンピュータによる模擬実験の結果であって、あくまで予測された効果であり、実証されたものではない。
(2) ノルマルリッチなアルデヒドを得ることが本願発明の目的である旨の記載が本願明細書に存在しないことは、前述のとおりであり、また、格別ノルマルリッチであるアルデヒドが得られたと認めるに足りる実証データ等の記載を、本願明細書中に見いだすこともできない。
したがって、本願発明によれば工業的に需要の多いnアルデヒドを多く含むノルマルリッチなアルデヒドが得られるとして、これを格別な効果とする原告主張は、失当である。
第5 証拠
本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。)。
第6 当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点についての判断の誤り)について
(1) 引用例2に、審決認定のとおり、「炭素原子2~5個を有するオレフインを、低圧法でロジウム触媒を用いてヒドロホルミル化する方法において、未反応のオレフインを含有する低圧装置からの廃ガスを圧縮し、ヒドロホルミル化するために高圧装置で使用することを特徴とする、炭素原子2~5個を有するオレフインのヒドロホルミル化法」の発明(引用例発明2)が記載され(審決書4頁20行~5頁6行)、この方法が、「ヒドロホルミル化方法において、第一次の反応終了後の未反応オレフインを有効利用すべく、未反応オレフイン、水素、一酸化炭素、アルカン副生物等を含有する気体流出物(廃ガス)を引きつづいて第二次の高圧法による反応に供し高変換率及び高選択率で対応するアルデヒドを得る」(同6頁2~8行)ものであることについては、当事者間に争いがない。
このように、同引用例発明の方法は、一次低圧法・二次高圧法を組み合わせる方法であるが、同引用例(甲第4号証)には、このほかにも、従来技術として、一次高圧法・二次高圧法を組み合わせる方法と一次高圧法・二次低圧法を組み合わせる方法についても言及され、前者の方法につき、「常用の装置からの廃ガスの他の高圧工程での後処理は、殆んど完全な変換のために経済的には既に重要でない。それというのも未反応のプロピレンをわずかな濃度で含有する廃ガスは更に圧縮するからである。」(同1頁右欄16~20行)として、一次高圧法によりほとんど完全な変換が行われること、一次高圧法からのオレフィン低濃度ガスを二次高圧法でさらに圧縮することの不経済さが述べられており、また、後者の方法につき、「この方法の欠点は、全オレフイン、即ち低圧工程で反応させるべきであるのに過ぎない成分も最初に圧縮しなければならないことである。更に、高圧装置かの残留プロピレンを利用するための低圧装置は著しく費用がかかる。」(同2頁左上欄4~8行)として、その欠点が説明されていることが認められる。
そうとすれば、同引用例に接する当業者にとり、従来技術である低圧法でロジウム触媒を用いてオレフィンをヒドロホルミル化する方法(ロジウム低圧法)におけるオレフィンの利用度を高めてこれを改良するため、未反応オレフィンを含む廃ガスを捨ててしまわないで、これを二次の反応に供して、更にそこからアルデヒドを得ることにするとの技術思想をそこから読み取ることは、容易なことであったといわなければならない。
原告は、引用例発明2で二次プロセスに採用されているのは本願発明におけるロジウム低圧法と違いコバルト高圧法であるとの事実を強調するが、ロジウム低圧法もコバルト高圧法も、オレフィンを原料としてアルデヒドを生成する技術である点で共通であり、現に、引用例発明2において、この両者を組み合わせて用いられていることに照らすと、上記原告主張事実が、引用例発明2から上記技術思想を読み取るうえで妨げにならないことは、明らかといわなければならない。
(2) 引用例発明2から上記技術思想が得られることを前提にした場合、引用例発明1にこの技術思想を適用して、その改良を図るとの着想を得ること自体は、格別の障害がない限り、容易なことであったといわなければならない。
仮に、原告主張のとおり、引用例発明2が、引用例発明1と違い、いわゆる「バッチ法(回分法)」に係る発明であり、再循環オキソ法に係るものではないとしても、廃ガスの有効利用によって原料オレフィンの利用度を高めるという要請は、その性質上、上記の各方式のいずれにおいても同じように存在するものと認められるから、この点の相違が、バッチ法に係る引用例2から読み取られる上記技術思想を再循環オキソ法である引用例発明1に適用するうえで障害になるものでないことは、明らかである。その他、上記格別の障害は、本件全証拠を検討しても見いだすことができない。
したがって、上記技術思想を引用例発明1に適用することは、当業者にとって容易なことであったといわなければならない。
(3) 上記技術思想の具体的適用に当たり、既に知られているヒドロホルミル化法のうち、ロジウム低圧法、コバルト高圧法あるいはその他の方法のいずれを二次プロセスとして採用するかは、本来、当業者が、それぞれの方法について既に知られている特色(その中には、原告が強調する生成物の組成の相違も含まれる。)を前提に、目的とする生成物の組成(アルデヒドの純度の高さの程度、nアルデヒドとiアルデヒドの割合等)、目的とするオレフィンからアルデヒドへの変換率の高さ、一次プロセスに加えて二次プロセスの反応機構を利用するための費用の多寡等々の各種事情を考慮して、適宜定めればよい事項であることは明らかであり、その際、その組合せに格別の障害があることが確認されれば、その組合せは採用されないで終わるであろうことも、明らかなことといわなければならない。
そうとすれば、上記技術思想を引用例発明1に適用するに当たり、ヒドロホルミル化法として既に知られているロジウム低圧法を二次プロセスとして採用することは、上記のとおり、二次プロセスとしてロジウム低圧法を用いる方法が既に引用例2に開示されていることを考え合わせると、この組合せに想到することは、当業者にとって容易なことであったといわなければならず、本願優先権主張日前、これを想到するにつき格別の障害があったとの事実は、本件全証拠を検討しても見いだすことができない。
原告は、ロジウム低圧法とコバルト高圧法とでは反応生成物の組成中に占めるアルデヒドの割合においても、そのアルデヒド中のノルマルアルデヒド対イソアルデヒドの割合においても、大きな隔たりがある旨を強調するが、このこと自体は、両者を組み合わせることの障害にならないことは、上記のとおり、引用例発明2が一次ロジウム低圧法・二次コバルト高圧法を組み合わせた方法であることから、明らかである。
(4) 以上のとおりであるから、「引用例2には、本願発明のこの種ヒドロホルミル化方法において、第一次の反応終了後の未反応オレフインを有効利用すべく、未反応オレフイン、水素、一酸化炭素、アルカン副生物等を含有する気体流出物(廃ガス)を引きつづいて第二次の高圧法による反応に供し高変換率及び高選択率で対応するアルデヒドを得ることが記載されており、かつ第二次の反応を低圧法で行うことに格別の障害を予測させるに足る資料も見出せない(・・・)以上、本願発明の如く上記気体流出物を第二次(反応)プロセスに送給してロジウム触媒によるヒドロホルミル化反応を行わせること・・・は当業者が必要に応じて容易になしえたものと認める。」(審決書6頁1~18行)とした審決の判断を誤りとすることはできない。
原告主張の取消事由1は理由がない。
2 同2(予測できない効果の看過)について
本願発明が、上記のとおり、従来技術であるロジウム低圧法のみの反応プロセスにおけるオレフィンの利用度を高めてこれを改良するため、未反応オレフィンを含む廃ガスを捨ててしまわないで、これを二次のロジウム低圧法の反応に供して、更にそこからアルデヒドを得ることを特徴とするものである以上、そこでの原料オレフィンに対する生成アルデヒドの割合が、ロジウム低圧法のみによる場合と比べて大きくなることは、当然のこととして予測されることであり、そのこと自体には、予測の困難さは全く認められない。
現に、引用例2(甲第4号証)には、コバルト高圧法のみによるプロピレンの反応(例1)、ロジウム低圧法のみによる同反応(例2)及びロジウム低圧法の廃ガスのコバルト高圧法の反応(例3)の結果が記載され(同3頁右上欄9行~4頁左欄8行)、この結果から、例2と例3を組み合わせた引用例発明2から得られるn-c4-価の生成物の収量は、ロジウム低圧法のみによる反応から得られる同収量133.0kg(c4-アルデヒドの割合98.5%)よりも、オレフィン100kg当たり14.7kgだけ大きい147.7kg(c4-アルデヒドの割合85.6%)としている(同3頁右下欄3~5行、4頁左欄1行、9~18行)ことが認められ、これを装入プロピレンを基準にしたプロピレンの利用率の観点からみると、例2のプロピレン変換率は87%(同3頁左下欄16行)であるから、装入量を100kgとした場合、その反応後の残存プロピレンの量はプロパンの形成0.2%(同3頁右下欄3行)を考慮すれば12.8kg(同4頁左欄9行)となることが明らかであり、この残存プロピレンを例3の反応に供すれば、その変換率96.7%(同3頁右下欄16行)で利用され、例2のみの場合よりも、12.4kgが有効に利用されることになるものと認められ、これは、当初のプロピレンを基準にしてプロピレンの利用率が12.4%上昇したことを意味することが明らかである。この事実から、一次のロジウム低圧法に二次のロジウム低圧法を組み合わせた本願発明の場合に、例2の上記変換率87%が一次の反応のみならず二次の反応にも適用されると仮定して、装入プロピレンの量を100kgとした場合を計算すると、一次の反応後の残存プロピレンの量12.8kgの87%に当たる11.1kgが二次の反応において有効に利用されることになり、二次のロジウム低圧法を用いない場合よりも、利用率が最大限11.1%上昇することが予測されるものといえる。すなわち、本願明細書(甲第2、第3号証)には、本願発明の実施例1につき、「本発明方法のプロピレンを基準にしたモル効果は、この実施例においては、従来の系統に比較して殆ど5%も上昇したこと」(甲第2号証11頁左欄下から3~1行)、実施例2につき、「本発明のこの具体化のプロピレンを基準としたモル効果は、比較用の従来の系統に対比して、10%以上増加すること」が示されているが、この5~10%の上昇は、上記の引用例2の記載から予測される範囲内であって、これをもって、格別顕著な効果とすることはできない。
また、引用例2(甲第4号証)の例2のロジウム低圧法のみの方法の反応生成物の組成は、
「c4-アルデヒド=98.9%
c4-アルコール=0.5%
c4-メチルエステル=0.1%
濃化油=0.6%
n/iの割合=90:10」(同3頁左下欄18行~右下欄2行)であり、90:10の割合でノルマルリッチであることが認められるから、これによれば、原告主張のノルマルリッチの度合いは、一次、二次の両プロセスをロジウム低圧法とした本願発明の効果として容易に予測できたものといわなければならない。
原告主張の取消事由2も理由がない。
3 以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)
平成1年審判第13788号
審決
アメリカ合衆国、コネチカット州、06817、ダンバリー、オールド.リッジパリー.ロード39番
請求人 ユニオン、カーバイド、コーボレーション
東京都港区西新橋1-18-6童宝ビル
代理人弁理士 高木六郎
東京都港区西新橋1-18-6童宝ビル
代理人弁理士 高木文生
昭和61年特許願第4098号「改良ヒドロホルミル化法」拒絶査定に対する審判事件(昭和61年9月29日出願公開、特開昭61-218546)について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
本願は、昭和61年1月11日(優先権主張1985年1月11日、米国)の出願であって、その発明の要旨は、昭和61年2月7日付け及び昭和61年3月5日付けの手続補正書によって補正された明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲第1項に記載された次のとおりのものと認める。
「1.オレフイン、一酸化炭素及び水素を、可溶性化ロジウムーリン錯体触媒、遊離リン配位子及び高沸点アルデヒド縮合副生物の存在下に反応させてアルデヒド生成物を生成させ、しかも未反応オレフイン及び任意の前記アルデヒド生成物、水素、一酸化炭素及びアルカン副生物より成る気体流出物を工程から排出する、アルデヒド生成のための一次液体再循環又はガス再循環ロジウム触媒ヒドロホルミル化法において:デカツブル二次液体再循環又はガス再循環ロジウム触媒ヒドロホルミル化法を前記一次プロセスと結合して行い、この場合前記気体流出物を補充用の一酸化炭素及び水素と共に二次プロセスへの反応体供給物として使用することを特徴とする前記ヒドロホルミル化法の改良方法。」
これに対して、原査定の拒絶の理由に引用された、特公昭58-28857号公報(以下「引用例1」という)には、
炭素原子2ないし約5個を有するα-オレフインのヒドロホルミレーシヨンによるアルデヒドの連続的製造方法において、
オレフインと、そこに連続的に生成されるアルデヒド生成物および高沸点アルデヒド縮合生成物と、一酸化炭素およびトリアリールホスフインと錯結合した可溶性ロジウム触媒と、ロジウム金属各1モルに対し少くとも10モルの遊離トリアリールホスフインとを含有する均質混合物の液状体を設定し、
水素、アルカン及び該オレフインを主成分として含有するガス状再循環の流れを上記液状体に供給し、
一酸化炭素と、水素と、オレフインとの補充量を上記液状体に供給し、
上記液状体の温度を約50ないし約140℃、全圧を約28kg/cm2絶対圧力(約400psia)以下、一酸化炭素分圧を約3.5kg/cm2絶対圧力(約50psia)以下、そして水素分圧を約14kg/cm2絶対圧力(約200psia)以下に保ち、
前記液状体から前記オレフインと、水素と、蒸発したアルデヒド生成物と、そして前記液状体中において生成される速度に実質上等しい量の蒸発したアルデヒド縮合生成物とより成る蒸気状混合物を除去し、それにより前記液状体の容積を予め定めた値に保ち、次いで、
前記蒸気状混合物からアルデヒド生成物およびアルデヒド縮合生成物を回収して、前記ガス状再循環の流れを形成させることを特徴とする前記方法、
が記載され、
同じく特開昭59-110642号公報(以下「引用例2」という)には、
炭素原子2~5個を有するオレフインを、低圧法でロジウム触媒を用いてヒドロホルミル化する方法において、未反応のオレフインを含有する低圧装置からの廃ガスを圧縮し、ヒドロホルミル化するために高圧装置で使用することを特徴とする、炭素原子2~5個を有するオレフインのヒドロホルミル化法、
が記載されている。
本願発明と引用例1に記載された発明とを対比すると、後者はガス再循環ロジウム触媒ヒドロホルミル化法であることは明らかであるから、プロセスにつき、前者がデカッブルされた(独立的な)第二次(反応)プロセスを有し、該第二次(反応)プロセスにおいて、第一次(反応)プロセスの未反応オレフイン、水素、一酸化炭素、アルカン副生物等よりなる気体流出物を補充用の一酸化炭素及び水素と共に反応させるものであるのに対し、後者は、前者の如き第二次(反応)プロセスを有さず、気体流出物を第一次(反応)プロセスのみで再循環反応させるものである点で相違し、他はその軌を一にしている。
そこで上記相違点について検討すると、引用例2には、本願発明のこの種ヒドロホルミル化方法において、第一次の反応終了後の未反応オレフインを有効利用すべく、未反応オレフイン、水素、一酸化炭素、アルカン副生物等を含有する気体流出物(廃ガス)を引きつづいて第二次の高圧法による反応に供し高変換率及び高選択率で対応するアルデヒドを得ることが記載されており、かつ第二次の反応を低圧法で行うことに格別の障害を予測させるに足る資料も見出せない(かえって、引用例2の第2頁右上欄第18行-右下欄第7行の記載よりみればロジウム触媒を用いる低圧法の採用が示唆されているとさえいえる)以上、本願発明の如く上記気体流出物を第二次(反応)プロセスに送給してロジウム触媒によるヒドロホルミル化反応を行わせること、及びその際適宜一酸化炭素及び水素を補充する程度のことは当業者が必要に応じて容易になしえたものと認める。
そして、本願発明によって格別予期しえない顕著な効果が奏されたものとも認められない。
したがって、本願発明は、引用例1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められ、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない.
よって、結論のとおり審決する。
平成4年6月4日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
請求人被請求人 て90日を附加する。